忘れたころに、ふと胸の奥に浮かんでくる思いがある。
自分も、いつかはあの世へ行くという、ごく当たり前のことだ。
普段はそんなことを忘れている。
日々の雑事に追われたり、あるいはぼんやりしているうちに、いつのまにか意識の外へ押しやられてしまう。
かつて親しくしていた医者仲間が三人いた。そのうち二人はもう亡くなっている。
それでも人間というものは不思議なほど楽天的で、
その事実を、つい忘れて暮らしている。
もっとも、もしこのことを一日中考え続けたら、
人の心はきっと持ちこたえられないだろう。
人間が時々それを忘れるようにできているのは、たぶん神様のちょっとした配慮なのかもしれない。
現代では、医学的に死と判定されることが、すなわち人の死だと考えられている。
医者である私も、もちろん普段はそう理解している。
しかし、ときどきふと思うのである。
本当にそれだけなのだろうか、と。
うまく言葉にはできないのだが、
人には何か、もう少し別の形で残っていくものがあるのではないか。
精神の継承や遺産、とでも言えばいいのだろうか。
亡くなった後輩の家を、今年も、近いうちに訪ねようと思っている。
その息子と、神保町あたりの餃子屋にでも入って、一杯やるつもりだ。
そうして、後輩の話を少しする。
それで、たぶん、奴はしばらくのあいだ、そこに戻ってくる。
そんな気がしている。