Dr.FeelGoodの小部屋

小さな楽しみを見つけて、それをつなげて日々を過ごすだけ。

ドゥーム・スクローリング (Doomscrolling)

先日、ラジオの語学番組を聞いていた。

 

最近、英英辞典に付け加えられた語彙として、

<doomscrolling>というものがあるという。

私は、知らなかった。

 

doomというのは、もともと、「最後の審判」、「地球最後の日」というような重い意味がある。(通例悪い)運命、破滅、死などという訳がされている。

 

scrollingは、スマホで、よくやっているスクロール操作のことである。

 

このDoomscrolling(ドゥーム・スクローリング)は、

スマホなど、インターネットやSNSなどからネガティヴな暗い情報ばかりを読むことに過剰な時間を投じる行為であり、それにより、精神心理的な異常(抑うつなど)をきたすという。

 

これは、以前から、自分自身、危惧していた事柄であった。

 

一方的に投じられる情報。

あまりに、悲観、中傷の情報が多いことか。。

 

もうすこし、人に対する寛容というものはないのか。。

 

さてさて

以前、遠藤周作さんが書かれていたことだが、「三面記事」ではなく、「四面記事」なる、幸せ記事をもっと書いていこうではないかと。

 

まったく、その通りだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

賽銭

その年は、穏やかな正月だった。

 

我が家では実にめずらしく家族が同じ行動にでた。

近くの神社に初詣に行った。

 

長蛇の列だった。

 

おやじだけは列には並ばず、進み出でて、賽銭箱の横、数メートルくらい離れたところから、コインをヒューと投げ入れたのである。

二礼二拍一礼というような行動は全くなしである。

 

この一連の動きをどう解釈するべきか、この男の内面はどういったものなのか。。。

実に驚いた。

 

さて

このことと少し視点は変わるが、

翻って考えると、そもそも賽銭→お願いという「現世利益」の要求自体、たとえば、キリスト教徒から見たら、ありえないものと想像するが、われわれは賽銭投げ入れそしてお願いという行為を、日々あたり前に行っている。

 

戦国時代、フランシスコ・ザビエルらの宣教師は布教にあたり、この現世利益という日本人の考え方にどう向きあうべきか、当惑する場面があったと想像する。

 

さてさてそういいながらも、

来年、おやじのように賽銭横投げをしなくてもいいように、人が少なくなった頃、初詣に行くつもりである。

 

 

 

<参考  Wikipediaから>

現世利益

神仏の恵みが現世で与えられるとする信仰。 日本では、一般的に、多種多様な神仏は、それぞれの特色に応じた恵みを、生活の様々な局面のなかで授けてくれるという世界観が根付いている。 一般的に、宗教における現世利益の位置づけは軽視されがちであるが、日本においては、神仏と切っては切れないものとして認識されている。

 

 

あきらめましょう。

年末がさしせまってきた。

 

今年も、自分の思いどおりにはいかなかった。

 

おそらく、人生、そんなもの。

 

おとなのあきらめ。。。(とほほ。。。)

 

まあ、明るくいきましょう、来年も、なんとかなるでしょう。

 

 

非科学的なこと

若いころは、職業柄、物事を科学的にみようと、自分を置いてきた。

 

しかしながら、最近は、科学的にはいまだ説明がつかないようなことが、現実の世界には非常に多いとわかってきた。

(さらに大きく科学がすすめば将来解明されることかもしれないが。)

 

そのため、年齢を重ねるうちに、むしろ非科学的なことに興味がシフトしてきた。

 

また、非科学的なことの存在を受容することで、すこし心の窮屈さが取れて、ほっとするような感じもしてきた。

 

 

 

 

都市の景観:神宮外苑のことなど

若いころ、ひねくれたあるイギリス人と口論になりかけたことがある。

 

「東京はチープな街だ。」と言うのである。

 

その時、「君の国は、世界中蹂躙して得た富で、立派な建物を建てられただけではないのか」と反論するだけの十分な英語力もなく、悔しい思いをした記憶が今でも残る。

 

さてさて、

東京都の神宮外苑の再開発で、樹木伐採に対する反対運動がある。

 

以前、日曜日の早朝、外苑のイチョウ並木に車を寄せて、一服すると実に気持ちいいものだった。都会の中の安らぎを得られる空間である。

 

しかしながら、年を重ねるうち、次第に、あのイギリス人の言葉にどうも間違いはなさそうだと思うようになって来た。

 

樹木を伐採し、これ以上、東京の街に、縦長、無機質、硬質な、長方形の景色を増やしてどうなるのか。

ますますそういう思いは強くなっている。

 

ここでボードウィンという明治時代に日本に招かれ西洋医学の振興に努めた外国人を想起する。ポンぺの後任者である。

 

(参照として、文末メモをおきました。)

 

東京の街に、上野公園という大きな空間が現在も存在するのは、彼のおかげである。

 

明治政府は、新たな建造物のために、この広大な森林をなくそうとした。

 

「ヨーロッパの街々が、都市景観のために森林を残そうとしている時代に、伐採するとは何事か。」と、建言してくれたのである。

150年前の話である。

 

さて、われわれの時代。

小さな発展?のために、神宮外苑の樹木伐採をし、何をしようというのか。

自然の保全は、伝統芸能のそれと同じで、努力しなければ残るものではない。

 

われわれは、大きな視野をもつ為政者を、ずっと待ちつづけなければならないのか。。。

 

(Politician(政治屋)はいらぬ、Stateman(政治家)をのぞむ。)

 

 

メモ

 

Reference: wikipedia

 

アントニウス・フランシスクス・ボードウィン[1](Anthonius Franciscus Bauduin、1820年6月20日 - 1885年6月7日)は、オランダ出身の軍医

生涯[編集]


1864年のボードウィンと医学生

1820年ドルトレヒトフランス系の家庭に生まれる[4]

ユトレヒト陸軍軍医学校ユトレヒト大学医学部で医学を学び、卒業後はオランダ陸軍に入隊し、1845年からはユトレヒト陸軍軍医学校で教官を務める。

1862年文久2年)、先に日本出島に滞在していた弟の働きかけにより、江戸幕府の招きを受けて来日。ポンペの後任として長崎養生所の教頭となる。その間、江戸、大阪、長崎で蘭医学を広め、また養生所の基礎科学教育の充実に努める。そして幕府に医学・理学学校の建設を呼びかけ、その準備のために1866年慶応2年)に教頭を離任し、緒方惟準ら留学生を伴って帰国したが、この話は大政奉還で白紙に戻った為、1867年(慶応3年)に再来日し、新政府に同内容の呼びかけを行う。1870年より大阪府仮学校大阪陸軍病院や、大学東校で教鞭をとり帰国。1873年オランダ陸軍軍医に復職。1884年に退役し、ハーグ1885年に病没した。

明治13年1880年)勲四等。

活動[編集]

養生所、医学校教頭としてオランダ医学の普及に努めたほか、本国からクーンラート・ハラタマを招聘するなどして物理学化学の日本の教育制度の充実を図った。また、上野に病院を立てる計画が持ち上がったときに、上野の自然が失われることを危惧して一帯を公園として指定することを提言した(現在の上野恩賜公園)。上野公園に業績を顕彰する銅像ボードワン博士像」がある[5]

特に眼科に優れており、日本に初めて検眼鏡を導入した。なお、アントニウスが日本に持ってきた健胃剤処方が日本人に伝播され、独自の改良を経たものとして太田胃散と守田宝丹(守田治兵衛商店)[6]がある。いずれもその後品質改良や薬価改定などによって形状・成分の変更などが行なわれたが現在に至るまで市販されている。

マチュアの写真家でもあり、多くの写真を残している。

 

メモ

 

1870年、医学校と病院予定地として上野の山を視察した蘭医アントニウス・ボードウィン(「ボードワン」とも呼ばれる)が、公園として残すよう日本政府に働きかけ、その結果1873年に日本初の公園に指定された。このことをもってボードウィンは、上野公園生みの親と称されている[注釈 2]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イノシシ

イノシシに戦いを挑んだある男の顛末を書いてみる。

 

若いころの話である。

救急隊から連絡を受け、待っていた。

 

担架にのせられた、大男が運ばれてきた。

顔面は蒼白、ぐったりし、一瞬ショック状態かと思われたが、血圧などいわゆるvital signは保たれ、そうではなさそうだ。

 

しかし、腹部の端から端まで一直線に、その肥満した分厚い腹部の皮膚と皮下脂肪は、やや鈍的に深く切り刻まれ、結構出血していた。

深さは10㎝くらい切れている。

幸い、腹の中まで傷は達していなかった。

 

おそらく、出血に精神的なショックを受け、やっこさんは、ぐったりしたのだろう。

 

平素、自分の畑に出没するイノシシに頭が来ており、ついに一対一の対決に及んだ。

(やめておけばよかったのに。。)

 

自分は、動物実験で、豚を使用した経験から、容易にこの顛末は予想できる。

20㎏程度の子豚でも、押さえつけることなど決してできるものではない。

おそろしく力があり、機敏である。

 

豚より、パワフルで攻撃的なイノシシは、すざまじい跳躍力をもち、かつ、牙を有している。

この患者は、跳躍、突進してきたイノシシの牙に触れてしまったのだろう。

 

翌日の地方新聞に、小さく、この話が出ていた。

 

が、その行間を知るものは関係者のみであり、恐ろしさが人々に全く伝わるような内容ではなかった。

読んだ人は、「へー」と言った程度だろう...