高校時代の思い出である。
学生も先生もまだ自由だったころの話である。
ハラスメントという妖怪がまだいない頃の話である。
担任教師で「黒河童」というあだ名の数学の先生がいた。
顔の色が黒く、目がぎょろりとした、異相であった。
高三の卒業を目前に、皆で送別の品物を贈ることになった。
教室で代表の学生が丁重に包装された品物を手渡した。
先生は、大きな目をパチクリさせ、涙を潤ませていた。
「お前らから、こんなものをもらえるとは、つゆにも思わなかった。」と述べられた。
次の日、昨日とはまったく違う形相をしたその先生が現れ、
「お前らには、ほとほと飽きたわ! これから世間の荒波に揉まれぇー」と声を荒げた。
われわれの贈った送別の品は、上下緑色のアディダスのジャージの左胸に、美術部の者がデザインした、大きな黒い河童のアップリケが貼り付けられたものだったからである。
そのあと、くるりと黒板に向かわれた。
よく見ると両肩が小刻みに揺れていた。
自身が発した言葉に、あほらしさが加わり、笑いを必死でこらえていたのであった。
これにより場は一気に和んだ。
翻って、
今の時代、親が言ってくれるようなことを教示してくれる先生は皆無だろう。
自分には難しいことはわからんが、すべて当世の何々ハラスメントという妖怪のせいである。